心とは何か?心の意味を徹底解説

  • 心地よい
  • 心が痛む
  • 心が軽い
  • 心苦しい

・・

などなど。「心」に関する言葉はいっぱいある。おそらく、あなたも何気なく使っているはずだ。

でも、そもそも「心とは?」と聞かれたら、あなたはどう答えるだろう?

例えば、思考、記憶、感情、などをイメージするかもしれない。

確かにどれも心に関係した言葉だ。でも、どれも心を正確に説明する言葉とは言えない。というのも、心=思考とは言い切れないし、心=感情とも言い切れないからだ。

じゃあ、もう一つ質問。あなたなら「心」をどう定義するだろうか?

正直、定義するのは難しいと思う。というのも、さっき挙げたみたいに、心には色んな意味あいが含まれるから。

実は、心理学でも「心とは何か」を定義していない。心理学なのにだ。おかしくないか?僕が心理学を学び始めたときに、まずこのことが、とてつもなく疑問だった。

個人的には、このことが心理学を複雑で分かりにくいものにしているような気がする。

心理学で定義しているかどうかはさておき、ここではきちんと定義しておきたい。というのも、心がどんなものかを定義しないことには、心というものをどう扱っていいかも分からないからだ。

改めて、心とは何か?その答えが、仏教の中にある。

心の定義

仏教では、心を明確に定義している。次のように・・・

心とは、「対象を認識する機能」のこと

認識と言うのは単に「知る」というような意味だ。

例えば、死体をイメージして欲しい。あなたの身体と比べて何か違うはずだ?何が違うだろう?

それを知るために、こんな実験をするとよく分かる。

死体にライターの火を近づけてみる。そうするとどうなるだろう?単純に「ジジジ・・」と焼ける音がするだけだ。死体は、熱がることもしないし、火を避けようともしない。何の反応もないわけだ。

じゃあ、あなたの身体にライターの火を近づけてみたら?

「アチ」っと感じて、すぐに火から離れるはずだ。

つまり、あなたの身体は「火」という対象を認識して、それに反応したわけだ。

このとき「火」を認識したのが心というわけだ。体そのものじゃない。

実際に、体があっても心が対象を認識しない場合もある。

分かりやすいのは、歯医者で麻酔されたとき。完全に麻酔されると、全く痛みを感じなくなる。それどころか、触れているかどうかも分からなくなる。

麻酔された部分を針で刺されていても、そっと撫でられていても、何も感じない。でも、麻酔が切れると、また感覚が戻ってくる。麻酔された部分でも心が働きだすわけだ。

このように、対象を認識する働きこそ心であって、心は体に依存して機能していると言える。

もっと言うと「対象を認識する=生きる」ということだ。言い換えると、生きるということは、常に何かしらの対象を認識しているということになる。

では、対象とは何だろうか?

心が認識する対象とは何か?

対象とは、具体的に6つある。

仏教では、色、声、香、味、触、法と表現する。最初の5つは簡単だ。つまり・・・

  • 色:見えるもの(色)
  • 声:聞こえるもの(音)
  • 香:嗅げるもの(臭い)
  • 味:味わえるもの(味)
  • 触:触れられるもの(堅さ)

例えば、色(しき)を例にとって考えてみよう。

色(声、香、味、触)

色(しき)とは色(いろ)のことだ。漢字が同じなのでややこしいが、要するに同じものだ。

私たちは、「見る」という行為を常日頃からやっている。でも、その時に実際に何を見ているのだろう?

「何って?その対象を見ているんじゃないか!」と思うかもしれない。

でも、実は違う。実は、その対象そのものを見ているわけじゃない。

例えば、あなたが壁にかけられている時計を見ているとしよう。そこで僕があなたに質問したとする。「今何を見ているのですか?」と。

すると、あなたはきっとこう答えるだろう。「時計を見ています」もしくは「時間を見ています」と。

確かに、一般的にはそれで正解だ。何の問題もない。

でも、もっと厳密に考えてみると・・・そのときあなたが目でとらえているものは「時計」ではない。「時間」でもない。

実際にとらえているものは「色(いろ)」だ。

様々な色の違いを目でとらえているわけだ。そして、その色の違いから、形や大きさや奥行きなどを推測して、「きっとこれはこれくらいの大きさの時計だ」と決定づけているだけなのだ。

にわかに理解しにくいと思うので、下のトリックアートを見て欲しい。

一見、二人の女性が風で飛ばされそうになっているように見える。

「でも待てよ!騙されないぞ!どうやら下の女性は傘も含めて全部絵だな・・。」と思うかもしれない。

じゃ、上の傘を持っている女性が本物だろうか?

実際は、上の女性だけが本物で、傘は絵だ。

まあ、これは写真だから、まだ分かるかもしれないけど、実際現場で見ると、騙されるかもしれない。

というのも、僕たちは色の違いから

  • 傘が飛ばされているな
  • その後ろに影があるな
  • 女性が傘を持っているな

という風に、目で見たもの、つまり、その色合いの違いから、すでに持っている自分の概念(記憶)と照らし合わせ、「あ、きっと、これは○○だ」と結論付けるからだ。

つまり、厳密にいうと、対象を見て「これは○○だ」と結論付けるまで、次のような行為が連続しているわけだ。

  1. 色を見る(認識対象は色)
  2. 色の違いから形や大きさなどを推測する(認識対象は法)
  3. 推測した対象を概念と照らし合わせて「これは○○です」とラベルをはる(認識対象は法)

「色を見る行為」というのは1番のことを示している。この時点では、まだ見たものに対する概念ができあがっていない。なので「○○を見た」と思うことはできない。単に「何かを見た」というだけ。

色以外の、声、香、味、触についても同じだ。それぞれの感覚器官に声、香、味、触が触れたときに、それが触れたと感じるところまで。

  • これはきっと魚介のスープだな
  • いて!ハチに刺されたに違いない
  • 芽吹きのにおいがするよ

と思うのは、触れたものに対して概念を作り、さらに心がその概念を認識して、あれこれ妄想しているだけ。つまり、妄想しているときに認識している対象は、自分で作り上げた概念だ。

この概念のことを「法」という。

法(概念など)

法とは、上で紹介した色、声、香、味、触以外の全てを指す。具体的には概念とか思考とか感情とか、そういったものだと理解すればいい。

さっき話した「時計を見る」という行為を思い出して欲しい。

単に色を見るだけの行為では「これは時計です」という答えは絶対に導けない。

その色の配色を、過去の概念(記憶)と照らし合わせることで、「これは時計です」という答えを始めて導き出せるわけだ。

例えば、赤ちゃんも、時計を見れば、その色合いを認識でる。でも、赤ちゃんには時計という概念が頭の中に保存されていない。だから、時計を見ても「これは時計です」と結論付けることはできない。

もう少し分かりやすい例を見てみよう。

例えば、会社で従業員2人が何やらひそひそ話をしていて、2人はあなたの方をチラッと見て、話しを止めたとしよう。このとき、あなたは、すごく嫌な感じがしたとする。

では、「すごく嫌な感じ」は「2人が話し終えた光景」を見た反応として生まれたものだろうか?

よく考えて欲しい。

単に「2人が話し終えた光景」を見ただけなら、あなたの中に嫌な感じは生まれない。

「2人が話し終えた光景」を見て嫌な感じを感じたのは、「2人は自分の悪口を言っていたに違いない」という考え(法)が浮かんだからだ。

細かい話だが、そもそも「2人が話し終えた光景」というのも、見たものそのものじゃない。

あなたが見たものは、あくまで様々な色です。その様々な色を、過去の記憶と照らし合わせて、「2人が話し終えた光景」と判断しただけだ。

じゃあ、僕たちは、色、声、香、味、触、法という対象を、どこで認識しているのだろうか?

対象をどこで認識するのか?

認識する対象は、色、声、香、味、触、法の6つと話した。それらを認識するのはどこか?

だいたいお察しかもしれないが、色、声、香、味、触、法に対応する、6つの認識場所がある。次の通り。

  • 眼:色を認識
  • 耳:声を認識
  • 鼻:香を認識
  • 舌:味を認識
  • 身:触を認識
  • 意:法を認識

例えば、眼というのは、視覚器のことだ。視覚器で色を認識するわけです。耳、鼻、舌も同じ。身と意については、少し説明が必要だろう。

身というのは、「触れた感覚を感じる場所」ということだ。ということは、眼や耳のように特定の感覚器のことじゃない。

つまり、頭であれ、腕であれ、足であれ、皮膚であれ感覚点があるところは全部「身」ということになる。

もちろん、体の外側だけじゃない。胃カメラを飲んだことがあればご存じのはず。胃カメラを飲むと異物が入ってきている感覚をバリバリ感じる。なので、体の内側にも感覚点がある。

逆に、体中で「身」でない所を探した方が早いかも知れない。髪の毛とか爪とか。それ以外は、全部「身」ということだ。

最後は、法を認識する場所としての「意」だ。繰り返しになるが、法とは、思考、感情、記憶、概念とかそういったものだ。それらを認識するのはどこか?

現代風に言えば、脳ということになるだろう。

記憶、思考、感情

最初に、心は「対象を認識する機能」と定義した。では、思考、感情、記憶などとどんな関係性があるのだろう?

実は、心はそれらを全部包括する概念だ。

例えば、「動物」というものを考えてみよう。動物というと、あなたは何を想像するか?

キリン、ゾウ、犬、シカ、熊、ウサギ・・・

いっぱいいる。全部違う動物だ。でも、全部共通した動物の特徴を持ってる。

同じように、思考、感情、記憶などは全部心の働きの一部だ。

要するに、

  • 見聞きしたものを対象として概念化するのが「記憶」
  • 概念を対象として、さらに発展した概念を作るのが「思考」
  • 思考を対象として生まれる心のエネルギーが「感情」

のようになっている。

例えば、あなたがイライラしたときを考えてみよう。

そのとき、かならず何かきっかけがあったはずだし、それについてあれこれ思考することによって、イライラが生じているはずだ。

つまり、思考、感情、記憶などと対象を認識することはセットなわけだ。じゃあ、心についてまとめてみよう。

まとめ

心理学では、「心」が明確に定義されていない。仏教では、「心とは対象を認識する機能のこと」と定義されている。

心があるから対象を認識できるし、対象を認識できるがゆえ、「生きている」と言う。

対象とは、色、声、香、味、触、法のこと。これらを、眼、耳、鼻、舌、身、意で認識する。

記憶、思考、感情はどれも心の働きの一部。いずれも何か対象を認識すること機能している。

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