From:堀口寿人
金沢の事務所より
自制心に関する言葉はたくさんあることをご存じだろうか?
例えば、自己制御、自制、自己規制、自制心、自己訓練、自己統制、セルフコントロール、セルフマネジメントなどだ。
困ったことに、どれも意味合いが似ている。でも、微妙に違ったりする。
それに、日本語で書くとほとんど同じような表現なのに、英語に翻訳すると全然違う表現になる言葉もある。その逆パターンも然りだ。
というわけで、今回は自制心に関する言葉を全部拾い出して、その意味を一つずつ見ていこうと思う。
さらに、「全ての言葉に共通するエッセンスは何か?」を考え、そのエッセンスを元に、最終的に「自制心とは○○だ」という形で締めくくりたいと思う。
自制心に関する言葉の意味
自制心は本来、心理学用語なので、心理学辞典から意味を考えることにする。参考辞典としてアメリカ心理学会が発行するAPA心理学大辞典を使う。
ちなみに、この辞典を使う理由は、3つある。
- 心理学研究ではアメリカが群を抜いていること
- アメリカ心理学会は、アメリカ最古で最大の心理学団体であり、信頼性があること
- APA心理学大辞典は、他の時点よりも多くの心理学用語を網羅していること
ただ「自制心」という言葉そのものは、この辞典には載っていなかった。ただ自制に関する多くの言葉が見つかったので、順番に見ていこう。
1.自制(temperamce)
自制心ではなく、自制という言葉で説明されている。次のような意味だ。
自分の感情や動機、行動をモニタリングし、調整する自己制御として、また適応的な目標を達成させる上での自己統制として示される自制形態の一つ。
この説明は正直分かりづらいが、要するに・・・
- 自分の心の動きを理解し、調整する自己制御
- 目標達成のための自己統制
の2つの意味を合わせたようなものだと考えればいいだろう。
ちなみに、自己規制という言葉がある。自己規制という言葉自体は、この辞典に載っていなかったが、まあ自制と同じだと考えてもいいと思う。
ただ、weblio辞書で調べると、自制はself-control、自己規制はself-regulationと訳されている。
APA心理学大辞典では、self-controlはセルフコントロール(または自己統制)、self-regulationは自己制御という言葉で説明されている。こんな感じで翻訳自体も一定していない。
2.自己制御(self-regulation)
自己の行動の制御。それは、望ましい行動や望ましくない行動を引き起こす条件の自己モニタリングを通して、あるいは、望ましい行動を促進し、望ましくない行動を誘発する状況を回避するように個人的環境を構造化することを通して、また、自己評価、罰と報酬を自己投与することによって、自分自身の行動をコントロールすること。→セルフコントロール、セルフマネジメント
APA心理学大辞典の説明は、英語を翻訳したものなので、文章が長ーくなりがちだ。だから分かりづらい。次のように3段階に分けて考えると分かりやすい。
- 自己モニタリングによって、自分がなぜそういう行動をとったのかを理解する
- 望ましい行動を増やし、望ましくない行動を減らす習慣を身に付ける、または罰とご褒美を自分自身に与える
- 自分自身の行動を望ましい方向にコントロールする
この3段階をこなすことが、自己制御という意味だ。
ちなみに、用語の解説をしておくと・・・
自己モニタリングというのは、自分の行動や気持ちを紙に書いて記録していく方法のことだ。
例えば、「昨日どんな行動をして、どう感じましたか?」と聞かれれば、何とか答えられるかもしれない。
でも、「3日前は?」「10日前は?」と聞かれれば、もうお手上げだ。僕たちは、毎日毎日たくさんの情報を処理しているので、そんな前のことはすぐに忘れてしまう。
そこで、毎日自分の行動や気持ちの記録をとっておくわけだ。そうすることで、自分の行動や気持ちがどう変化したのかが手に取るように分かる。
構造化というのは、仕組み化という意味だ。要は、毎回同じようにできるようにするという意味だ。だから、習慣化という意味で説明した。
関連語として、セルフコントロール、セルフマネジメントが挙げられている。
3.自己訓練(self-discipline)
長期的な目標や一般的な成長のために、即時的な願望の充足を控えて、自分自身の衝動や欲求を制御すること→セルフコントロール、自己制御
自己訓練は「目先の快楽に振り回されず、長期的な目標を優先すること」というような意味だ。
自制や自己制御とも意味が重なる感じもあるが、「目先の快楽に振り回されないこと」が強調されている感じだろうか。
関連語として、セルフコントロール、自己制御が挙げられている。
4.セルフコントロール(self-control)
人々の行動(潜在的-顕在的、情動的-生理的に限らず)の要求に従ったり、衝動を抑制する能力の事を指す。例えば、短期的な報酬と、長期的な大きな報酬が対抗するような状況において、長期的に得られる結果を選択する能力のことである。短期的な結果を選択することを衝動性(impulsiveness)と言う。→衝動的、自己訓練、自己制御
セルフコントロールも、自己訓練と同じように「目先の快楽に振り回されず、長期的な目標を優先すること」というような意味で解釈できる。
関連語として、衝動的、自己訓練、自己制御が挙げられている。
ちなみに、意志力(willpower)という言葉があるが、これもセルフコントロールとほとんど同じ意味で使われる。
意志力の説明はこんな感じだ。すごくシンプルだ。
意図(intention)を遂行する能力→セルフコントロール
関連語として、セルフコントロールが挙げられている。
5.セルフマネジメント(self-management)
個人が自分の行動をコントロールすること。セルフマネジメントは通常、個人の私的な環境と社会環境において望ましい一面と考えられるが、ときにセルフマネジメントが、精神的肉体的不健康になることもある(→対処機制)。
セルフマネジメントも、セルフコントロールなどと同じように見える。でも、実はちょっと違う意味がある。
セルフマネジメントの説明をする前に、関連語の対処機制(coping mechanism)についても、意味を確認しておこう。
ストレスの多い経験や状況における緊張や不安を低下させるため、意識的、あるいは無意識的に行われる調節や適応。不適応的な対処機制を修正することが、心理的介入の焦点となることは多い。→対処行動、対処方略
要するに、「セルフマネジメントは使い方を間違うと対処機制になりますよ」と言っているわけだ。
対処機制とは、簡単に言うと「目先の不安や緊張に対処すること」という意味だ。
よく、「スピーチをする前に緊張をほぐすために、手のひらに“人”という字を3回書いてなめるといい」と言うよね?
まさしく、こういうタイプの対処が、対処機制になる。他には、お守りを持っておくとか、願掛けでお寺参りするとかもそうだ。
そう考えると、セルフマネジメントだけ、他の4つの用語とは路線が違う。他の4つの用語は一まとめに“自制心”と表現しても差し支えないだろう。
ただ、セルフマネジメントには、自制心的な意味もあるが、自己防衛的な意味合いも含まれている感じだ。
要するに自制心とは?
自制心について、色々お話してきたけど、要するに、次の2つのことにまとめられる。
1.望ましくないことをしない
これは、「将来の自分にとって、意味がないか、マイナスになることをしない」という意味だ。言いかえると、一時的な欲しい衝動にかられた行動をしないことだ。
例えば、ダイエットの例で言うと、目の前の甘いお菓子をパクパク食べてしまうことだ。お菓子は甘くておいしい。でも、お菓子は将来の自分に何も役立つ事をしてくれない。まさに無用の産物だ。
でも、僕たちは、つい、一時的な“欲しいもの”に負けてしまう。そして、“必要なもの”を取り逃してしまう。
2.望ましいことをする
これは、「将来の自分にとって、有意義なことをする」という意味だ。言いかえると、理性に基づいて将来的に必要な行動をすることだ。
またダイエットの例で言うと、自分で決めた運動を毎日こなすということだ。
一日の運動では、ダイエットの効果もよく分からないし、その運動自体も楽しいものじゃないかもしれない。
でも、その運動が、将来の見た目の美しさ、体の健康、心の健康をもたらしてくれるのは明らかだ。
3.つまり・・・
自制心とは、「毎日の行動、言葉、考え全てにおいて、無駄な消費をやめて、必要な投資をすること」ということになるだろう。
仏教的自制心
最後に自制心について、仏教の考え方が分かりやすいので、それを紹介しておこう。仏教では、やるべきことと、やるべきでないことをハッキリ定義している。
仏教的に、行為と言えば次の3種類ある。
- 身体の行為
- 口の行為(話すこと)
- 心の行為(思考や感情)
体や口の行為は、一般的にも行為とみなされるが、心の行為は、普通は社会一般には行為とはみなされない。でも、心の行為こそが大切だ。というのも、心の行為こそが、幸せや不幸を作りだしているからだ。
そういうわけで、仏教的に自制心を身に付ける場合、この3つ全部の行為を管理しなければいけない。
1.望ましくないことをしない
望ましくないことは十悪と言って、次の10のリストにまとめられている。これらがすべきでないことだ。
1-1.身体の行為3つ
- 生き物を殺すこと
- 与えられていないものを許可なく盗ること
- 欲で社会的によくない行為、いわゆる不貞行為
1-2.口の行為4つ
- 嘘をつくこと
- 告げ口など人を仲違いさせる言葉
- 乱暴で耳触りが悪い言葉
- 意味のない無駄話
1-3.心の行為3つ
- 欲を持つ(人の物を狙う)
- 怒りを持つ(他人に悪意を抱く)
- 間違った見解を持つ(世の中の道理とは違う見解で考える)
この中で、最後の間違った見解というのがちょっと分かりにくいかも知れない。
例えば、極端な例で言うと、火は水で消える。これは道理だ。でも「火に水をかけても火は消えない」という見解を持っていたとしたら、それは間違った見解になる。
この例は極端だったので、「誰もそんな見解持たないよ」と思ったかもしれない。でも、結構僕たちは道理に合わない見解を持っているものだ。
例えば・・・
- 分かりもしないのに、「きっとあの人は自分のことを嫌っている」と考えたり
- 「欲がある方が幸せに生きられる」と考えたり
言い換えると、僕たちが何か悩むとしたら、その裏には必ず邪見があるということだ。
2.望ましいことをする
望ましいことは、さっきの逆だ。これも十善と言って10ある。
2-1.身体の行為3つ
- 生き物を殺すことを止めて、全ての生き物に思いやりを持つこと
- 盗みを止めて、他人の財を権利を尊重すること
- 不貞行為をしないこと
2-2.口の行為4つ
- 嘘をつかないこと
- 告げ口など止め、人の仲をとりもつこと
- 乱暴な言葉を使わず、上品で優しい言葉を使うこと
- 意味のない無駄話を止め、有意義な話をすること
2-3.心の行為3つ
- 他人のものを欲しがらないこと
- 他人に悪意を持たないこと
- 正しい見解を持つこと
「正しい見解を持つ」というのは、世の道理に適った見方を持つということだ。
例えば、今挙げた、十悪十善の計20のリストを見て、「ああその通りだな」と思うなら、あなたは正しい見解を持っていると言えるだろう。
というのも、十悪を実行すれば確かに不幸になり、十善を実行すれば確かに幸せになるからだ。それに、この十悪十善のリストは、当然僕が考えたものでもなく、お釈迦さまが発見したものだ。
もし、このリストの内容が疑わしい場合は、十悪十善を実行してみることだ。そうすれば嫌でも、十悪が不幸につながり、十善が幸せにつながることが分かるはずだ。
まとめ
自制心には、自己制御、自制、自己規制、自己訓練、自己統制、セルフコントロール、セルフマネジメントなど様々な類語がある。
ただ、それらの共通項を探すと、「毎日の行動、言葉、考え全てにおいて、望ましくないことやめて、望ましいことすること」ということになるだろう。
- 望ましくないこととは、将来の自分にとって、意味がないか、不幸につながることだ。
- 望ましいこととは、将来の自分にとって、幸せにつながることだ。
仏教的に言うと・・
- 望ましくないこととは、十悪
- 望ましいこととは、十善
ということになる。自制心の意味について納得いただけただろうか?もし不明点があれば、また下のコメント欄からコメントをして欲しい。