キャリアアンカーとは何か?
1-1. キャリアアンカーの定義
キャリアアンカーとは、「自分のキャリアにおいて最も大切にしている価値観や欲求」のことを指します。キャリアを選択する際の「錨(アンカー)」になるものだと考えられています。
この概念を提唱したのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のエドガー・シャイン教授。彼は、1970年代に多くのビジネスパーソンにインタビューを行い、キャリアアンカーという概念にたどり着いたのです。
1-2. キャリアアンカーはなぜ形成されるのか?
シャイン教授によると、キャリアアンカーは、主に3つの経験から形成されるそうです。
- 自分が持っている知識やスキル
- 自分の価値観や動機
- 自分のニーズや欲求
つまり、仕事を通じて自分自身と向き合い、試行錯誤を繰り返す中で、無意識のうちにキャリアアンカーが形作られていくのです。
例えば、プロジェクトリーダーを務めて成功した経験から、「リーダーシップ」という価値観が芽生えるかもしれません。逆に、失敗の経験から「安定志向」のアンカーが形成されることもあるでしょう。
1-3. キャリアアンカーはいつ頃形成される?
興味深いのは、キャリアアンカーが形成される時期です。シャイン教授の研究によると、多くの人のキャリアアンカーは、入社後5年から10年の間に形成されるそうです。
この時期は、社会人としての基礎を固める重要な時期。様々な仕事を経験し、自分の強みや価値観を見出していく過程で、キャリアアンカーが明確になっていくのでしょう。
ただし、アンカーが形成されるタイミングには個人差があります。中にはアンカーが固まらない人もいるかもしれません。キャリアアンカーは一生を通じて変化する可能性もあるのです。
さて、次の章では、具体的にどのようなキャリアアンカーがあるのかを見ていきましょう。
アンカーは8つ存在します。さて、あなたや部下のアンカーは何になるでしょうか?
キャリアアンカーの種類と特徴
この章では、具体的にどのようなキャリアアンカーがあるのかを詳しく見ていきましょう。
2-1. 8つのキャリアアンカー
シャイン教授は、研究の結果、8つのキャリアアンカーを特定しました。それぞれの名称と特徴は以下の通りです。
- 専門・職能別コンピタンス:特定の専門分野で高い能力を発揮したい
- 全般管理コンピタンス:組織のトップを目指し、マネジメントに力を発揮したい
- 自律・独立:自分のペースで仕事をしたい、独立心が強い
- 安全・安定:安定した職場環境や雇用を求める
- 起業家的創造性:新しいビジネスやプロダクトを生み出したい
- 奉仕・社会貢献:他者や社会のために働きたい
- 純粋な挑戦:困難な問題にチャレンジし、乗り越えることに価値を見出す
- ライフスタイル:プライベートと仕事のバランスを大切にしたい
どうですか?思い当たるアンカーはありましたか?
たいてい人は、複数のアンカーを併せ持っています。
でも、その中でも特に重視しているアンカーが1つか2つあるはずなんですね。それが自分の「主なアンカー」と言えます。
2-2. アンカーの強さには個人差がある
当然アンカーの強さには個人差があります。
ある人にとっては「奉仕・社会貢献」が何より大切だけれど、別の人は「自律・独立」を何よりも求めているといった具合です。
例えば、NPO職員として働く人の多くは「奉仕・社会貢献」のアンカーが強いかもしれません。一方、フリーランスで働く人は「自律・独立」のアンカーを重視しているケースが多いかもしれません。
こうしたアンカーの個人差を理解することが、人材マネジメントでは非常に重要なのです。
2-3. アンカーのバランスも大切
8つのアンカーは、互いに相反する部分もあります。
例えば、「安全・安定」と「起業家的創造性」です。安定を求めるのと、新しいことにチャレンジするのでは、方向性が正反対ですよね。
また「全般管理コンピタンス」と「ライフスタイル」も、両立が難しいアンカーです。トップを目指すのに、プライベートを犠牲にせざるを得ないこともありますから。
大切なのは、アンカー同士のバランスです。一つのアンカーに偏りすぎず、状況に合わせて柔軟に対応できることが理想的です。
さて、次の章では、なぜキャリアアンカーが重要なのかを考えていきます。社員一人ひとりのアンカーを理解することが、なぜ会社の発展につながるのでしょうか?
人材マネジメントの新しい視点が見えてくるはずです。
キャリアアンカーが重要な理由
次に考えたいのが「なぜキャリアアンカーが重要なのか?」という点です。社員のアンカーを知ることが、なぜ会社の発展につながるのでしょうか?
3-1. 社員のモチベーションアップにつながる
キャリアアンカーが重要な理由の一つは、社員のモチベーションアップにつながるからです。自分のアンカーに合った仕事を任されれば、社員はより熱心に、より高いパフォーマンスで働けるはずです。
例えば、
- 「専門・職能別コンピタンス」のアンカーが強い社員には、専門性を高められる仕事を
- 「起業家的創造性」の社員には、新規事業の立ち上げを
といったように、アンカーに合った仕事を与えることで、社員の内発的動機づけを高められるのです。
逆に、アンカーに合わない仕事を続けると、社員のモチベーションは下がる一方です。「自分はこの会社で何をしたいのだろう」と、悩んでしまうかもしれません。
3-2. 適材適所の人員配置が可能に
キャリアアンカーを知ることで、適材適所の人員配置できるようになります。つまり、一人ひとりの強みを活かせる部署やポジションに、社員を割り当てられるのです。
例えば、「奉仕・社会貢献」のアンカーが強い社員を、CSR部門に配属するとかですね。社会貢献に情熱を注げる環境なら、社員はより生き生きと働けるはずです。
また、「全般管理コンピタンス」の社員を、将来のマネージャー候補として育成するのもいいでしょう。リーダーシップを発揮できるフィールドを与えることで、社員の成長を促せるでしょう。
適材適所の配置は、生産性の向上にも直結します。強みを活かせる社員は、高いパフォーマンスを発揮できるからです。社員も会社も、ウィンウィンの関係を築くことができるのです。
3-3. キャリア開発の指針になる
キャリアアンカーは、社員のキャリア開発を考える上でも重要な指針になります。自分のアンカーを知ることで、社員は「これからどんなキャリアを歩みたいのか」を明確にできるからです。
例えば、「自律・独立」のアンカーが強い社員なら、将来的に独立して働くことを視野に入れるかもしれません。一方、「安全・安定」の社員なら、長期的に働ける環境を求めるでしょう。
会社側も、社員のアンカーを踏まえてキャリア支援を行えば、社員の満足度は高まります。「この会社で働き続けたい」と思ってもらえる可能性が高まるのです。
キャリア開発の指針としてアンカーを活用することで、社員のエンゲージメントを高め、定着率のアップにつなげられるでしょう。
しかし、ここで疑問が生まれます。
そもそも社員のキャリアアンカーは、どうやって見つければいいのでしょうか?自己申告だけで十分なのでしょうか?
次の章では、その辺りについて詳しく解説します。
キャリアアンカーの見つけ方
さて、肝心の社員のアンカーは、どうやって見つければいいのでしょうか?実は見つけ方は色々あります。
4-1. キャリア・オリエンテーション・インベントリー
キャリアアンカーを診断するための代表的なツールに、「キャリア・オリエンテーション・インベントリー(COI)」があります。これは、シャイン教授が開発した質問紙です。
COIは40の質問項目で構成されており、回答者は各項目を5段階で評価します。質問は、仕事の価値観や動機、スキルなどに関するものです。
回答を分析することで、8つのアンカーのうち、自分に当てはまるアンカーを特定できるのです。
例えば「組織の中で高い地位に就きたい」という質問に高い評価をつけた人は、「全般管理コンピタンス」のアンカーが強い可能性があります。
「自分の技術を極めたい」に高評価なら、「専門・職能別コンピタンス」のアンカーかもしれません。
このように、COIを使えば、社員のアンカーを客観的に診断できるのです。
4-2. 360度フィードバック
社員のアンカーを知るためには、自己認識だけでは不十分なこともあります。「自分ではこう思っている」と「周囲から見た自分」にはギャップがあるかもしれません。
そこで有効なのが、360度フィードバックです。
上司や同僚、部下など、周囲の人からフィードバックをもらう方法です。他者の目を通して、自分の強みや価値観を多面的に把握できるのです。
例えば、本人は「奉仕・社会貢献」を重視していると思っていても、周囲からは「専門性の高さ」を評価されているかもしれません。
こうしたズレに気づくことで、より客観的に自分のアンカーを見つめ直せるわけです。
360度フィードバックは、COIと併用することで、より効果的です。自己認識と他者評価の両面から、社員のアンカーを多角的に捉えられるからです。
会社として360度フィードバックを実施する際は、匿名性の確保がポイント。評価者が本音で回答できる環境を整えることが大切ですね。
4-3. キャリア面談の活用
社員のアンカーを探るには、キャリア面談も効果的です。上司と部下が1対1で、キャリアについてじっくり話し合う機会を設けるのです。
面談では、これまでのキャリアを振り返りながら、社員の価値観や強みを引き出していきます。
「仕事で最も充実感を感じるのはどんな時ですか?」「あなたにとって理想的なキャリアとは?」など、社員の内面に迫る質問を投げかけるのです。
話を聞く中で、社員のアンカーが見えてくるはずです。
「チームをまとめることが好き」と話す社員は「全般管理コンピタンス」、「困難な問題にチャレンジしたい」なら「純粋な挑戦」のアンカーが強いのかもしれません。
キャリア面談を定期的に行うことで、社員のアンカーの変化も追えます。アンカーは固定されたものではなく、キャリアを通じて変わることもあるからです。
面談は、社員との信頼関係づくりの場でもあります。社員の話に耳を傾け、共感することで、より強い絆を築けるでしょう。
さて、社員一人ひとりのアンカーが見えてきました。
最後の章では、そのアンカーを人材育成や組織づくりに、どう活かせばいいのかを考えます。キャリアアンカーを経営の羅針盤にできるようになります。
キャリアアンカーを活用した人材育成と組織づくり
それでは社員一人ひとりのアンカーを、どのように人材育成や組織づくりに活かすのか?そのヒントをお話しますね。
5-1. アンカーを軸にしたキャリア開発
まずは、社員のキャリア開発にアンカーを活用するという視点から考えてみましょう。
アンカーを軸に、社員の中長期的なキャリアプランを描くのです。
「専門・職能別コンピタンス」の社員なら、専門性を極められるキャリアを、「起業家的創造性」の社員なら、新規事業の立ち上げなど、挑戦の場を用意する。
社員の希望とアンカーを擦り合わせながら、最適なキャリアステップを設計するのです。会社の戦略や方向性とも整合性を取ることが大切です。
こうしたキャリア開発の取り組みは、社員のモチベーション向上にも直結します。「この会社で、自分のアンカーを活かせる」と感じてもらえれば、社員のエンゲージメントは高まるはずです。
キャリアアンカーという”羅針盤”を手に、一人ひとりの社員の可能性を引き出す。そんな育成の在り方を目指したいものです。
5-2. アンカーを意識した適材適所の配置と異動
次に、適材適所の人員配置にアンカーを活かすアプローチです。
各部署や職種に求められるアンカーを明確にし、社員のアンカーと照らし合わせる。そうすることで、最適な配置が見えてくるはずです。
例えば、営業部門には「起業家的創造性」や「純粋な挑戦」のアンカーが求められるかもしれません。一方、管理部門なら「全般管理コンピタンス」や「安全・安定」のアンカーが重要になりそうです。
また、社員の異動や昇進においても、アンカーを一つの判断材料にできます。「奉仕・社会貢献」の志向が強い社員をCSR部門のリーダーに抜擢するなど、アンカーを意識した人事を展開するのです。
もちろん、アンカーはあくまで一つの指標です。スキルや経験、人柄なども含めて総合的に判断することが大切です。
5-3. 多様なアンカーを受容する組織文化
最後に、アンカーの多様性を受け入れる組織文化についてお話しします。
8つのアンカーがあるように、社員の価値観は十人十色。「出世志向の社員が正しい」というような固定観念は、むしろ捨てる必要があります。
大切なのは、一人ひとりの個性や強みを認め合うこと。「専門・職能別コンピタンス」の社員も、「ライフスタイル」重視の社員も、みな会社にとって欠かせない存在なのです。
多様なアンカーを受容する風土を築くには、経営層の意識改革が不可欠です。トップ自らが、アンカーの多様性を尊重するメッセージを発信し続けることが大切です。
また、社員同士が互いのアンカーを理解し合う場を設けるのも有効でしょう。アンカーをテーマにした対話の機会を持つことで、多様性への理解は深まります。
人的資本経営の観点からも、多様なアンカーを認め合う態度は必ず必要です。そうすることで、会社はイノベーティブで柔軟性に富んだ集団になっていきます。
さて、キャリアアンカーという新しい視点は、いかがでしたか?
社員のキャリアを考える上で、アンカーは欠かせないピースになるはずです。一人ひとりのアンカーに寄り添い、その強みを引き出す。
そんな”アンカー経営”で、社員も会社も共に成長を遂げられると確信しています。
今日から一歩ずつ、アンカーを意識した育成や配置に取り組んでみませんか?社員の可能性を引き出すカギは、そこにあるのですから。