From:堀口寿人 金沢のオフィスより
プレゼンティーズムはおそらく比較的新しい言葉だ。
タイトルからして、プレゼンティーズムはよくないものという印象を受けたと思うが、実際にあなたが考えているより何倍もよくないものだ。
この記事を読めば、
- プレゼンティーズムがどんなものか
- 何によってプレゼンティーズムが引き起こされるか
- いかにプレゼンティーズムが御社に打撃を与えるか
が分かるだろう。
1.プレゼンティーズムとは
プレゼンティーズムとは、仕事には来ているが、心身の不調で本来期待されるだけのパフォーマンスを発揮できていない状態のことだ。もっと平たく言うと、給料分働けていない状態だ。
もう少し具体的に考えてみよう。例えば、あなたの会社にAさんという従業員がいたとして、Aさんに一日20000円支払っているとしよう。
でももしAさんがプレゼンティーズムの状態にあり、本来の60%しか働けてないとたらどうだろう?
実際にAさんに支払うべき給料というのは、20000円×60%=12000円ということになる。ということは差額の8000円は?当然、何の意味もない単なるムダ金となるわけだ。
もちろん、従業員によってプレゼンティーズムの度合いは違う。
ある人は、もらっている給料の120%くらいの仕事しているかもしれない。でも、ある人は30%くらいしか仕事をしていないかもしれないわけだ。
ちなみにプレゼンティーズムとはpresenteeismを日本語表記したものだ。なので人によっては、プレゼンティーイズム、プレゼンティズムなど表現の仕方は若干違う。
なので、ここでは「プレゼンティーズム」という表現で統一したいと思う。
2.プレゼンティーズムを引き起こす一番の原因とは?
プレゼンティーズムは心身の不調によって、本来のパフォーマンスが発揮できない状態と話した。
ただ、心身の不調と言ってもかなり色んなものがある。中にはプレゼンティーズムにあんまり関係ないものから、すごく関係しているものまで色々あるはずだ。
そこでまず、心身のどんな病気がプレゼンティーズムと関係しているかをザックリとつかみたいと思う。
2-1.アメリカのプレゼンティーズム研究
プレゼンティーズムとどんな病気がどれくらい強く関係しているかを知るために、Holdenら(2011)の論文「Which Health Conditions Impact on Productivity in Working Australians?」を参照したい。
この論文では、78,000の労働者データを使用して、心身の病気とプレゼンティーズムの関係性を調べている。78,000のデータの特徴としては次のよう感じだった。
- 30歳~59歳が約80%
- 女性が65%で男性の約2倍
- 独身3割、パートナーがいる人が7割
- 子なしが7割
- 半分が大卒
また、プレゼンティーズムとの関連性の強さを調べた病気は次の15種類だった。ご覧のように1つだけが心理的なもので、その他は全部身体的な病気だ。
- Arthritis:関節炎
- Asthma:喘息
- Back/neck pain:背中/首の痛み
- Cancers (excluding skin cancer):がん(皮膚がんを除く)
- Cardiovascular disease:循環器疾患
- COPD/bronchitis or emphysema:慢性閉塞性肺疾患/気管支炎または肺気腫
- Diabetes:糖尿病
- Drug and alcohol problems:薬物・アルコール問題
- Fatigue/sleep problems:疲労/睡眠障害
- High blood pressure:高血圧
- High cholesterol:高コレステロール
- Migraine/severe headaches:片頭痛/重度の頭痛
- Obesity:肥満
- Psychological distress:ストレス
- Injury:けが
結果は、プレゼンティーズムとの関連度が高い順に次のようになった。
- ストレス4.32
- 薬物・アルコール問題2.15
- 疲労/睡眠障害1.36
- 仕事に関連した負傷1.18
- 肥満1.15
ちなみに、数字は関連度の強さを示している。ご覧のように、ストレスが一番プレゼンティーズムと関連が深いという結果になった。
他の主要な14個の身体不調よりも、ストレスは仕事のパフォーマンスを下げる傾向が強いということだ。もちろんこのストレスの中には、精神疾患も含まれると考えていいだろう。精神疾患はストレスが過度になった時に発症するものだからだ。
2-2.日本のプレゼンティーズム研究
もう一つ。日本にも心身の色んな問題とプレゼンティーズムの関係性を調べた研究がある。東京大学政策ビジョン研究センターが行った研究だ。この研究では、次のようなデータを使って、プレゼンティーズムとその他の項目の関連性を調べている。
人事・属性データ | 年齢・性別賃金(標準報酬)休暇日数(欠勤・休職)傷病手当金労災補償所属 |
健診・問診データ | 血圧・BMI血液検査データ生活習慣(問診)データ |
レセプト | 医療費(点数)疾病分類(ICD10)受診日数 |
生産性アンケート | プレゼンティーズムアブセンティーズム主観的健康度 |
ストレスチェック | ストレス仕事満足度生活満足度 |
この研究では、ある大企業5組織の延べ47348名の従業員のデータが使われた。結果は次の通りになった。
オレンジ色で網掛けした部分がプレゼンティーズムと関係がある部分だ。
これを見ると、心理的リスクが全てプレゼンティーズムと関連があることが分かる。つまり、ストレスを含む従業員のメンタルの状態は生産性に直接的に関係するわけだ。
ここまででメンタルの状態とプレゼンティーズムの関係性が深いことが分かった。じゃあどんなメンタルの状態がよりプレゼンティーズムを引き起こすのか?さらに、ここから掘り下げてみたい。
ただ、メンタルの状態がよりプレゼンティーズムの関係と言っても、これまでに存在するのは、精神疾患のようなネガティブなメンタル状態とプレゼンティーズムの関係性を分析したものだけだ。
生活満足度や仕事満足度がプレゼンティーズムとどれくらい強く関係しているかを示す資料はない。そのため、色々な精神疾患とプレゼンティーズムの関係性という視点で見ていきたい。
3.プレゼンティーズムと最も関係のある精神疾患とは?
これに関しては、学校法人順天堂が2011年に出している「精神疾患の社会的コストの推計」という論文を参考にする。この論文では、
- 社会医療診療行為別調査(厚労省)
- 患者調査(厚労省)
- 労働力調査(総務省)
などのデータを使って、プレゼンティーズムと精神疾患の関係性を分析している。ちなみに、データは全て公のデータなので、全国の労働者が対象になっている。結果は次の通り。
精神及び行動の障害 | 4,336,420 |
血管性及び詳細不明の認知症 | 4,018 |
精神作用物質使用による精神及び行動の障害 | 109,978 |
統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害 | 1,298,639 |
気分[感情]障害 | 1,764,181 |
神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害 | 978,019 |
知的障害〈精神遅滞〉 | 38,763 |
その他の精神及び行動の障害 | 142,823 |
補足しておくと、世界保健機関(WHO)が定めている病気の分類のうち精神疾患に相当するものが「精神及び行動の障害」になる。
なので、この表は、精神疾患全体とその下位分類みたいな感じでとらえてもらえればOKだ。
これを見ると、1位は気分[感情]障害で約1.76兆円のプレゼンティーズム損失が発生していることが分かる。ちなみに気分[感情]障害というのは、うつ病とか躁うつ病のことだ。
これは、つまり、全国のうつ病とか躁うつ病の人たちの病気が治って、本来期待されるだけの働きをしたとしたら、それだけで、約1.76兆円の利益が上がることを意味している。まあ完全にうつ病や躁うつ病の人が一人もいなくなることはあり得ないが。
そして、2位は統合失調症。これによるプレゼンティーズム損失は約1.3兆円だ。
3位が、神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害で約1兆円だ。これには不安症とか強迫症とかが該当する。
それで、この3つだけでプレゼンティーズム損失は約4兆円になる。
要するに、精神疾患の中でも、特に、うつ病とか躁うつ病といった気分障害が一番プレゼンティーズムを引き起こすのは間違いないようだ。だから色んな企業が「うつ病対策を!」と言っているのは的を射ていると言える。
じゃあ、気分障害になると、どれくらいプレゼンティーズム損失は大きくなるのか?もう少し掘り下げてみよう。
4.気分障害とプレゼンティーズム
4-1.日本の研究
これは慶應義塾大の佐渡研究者の論文(2014年)をベースにお話しする。この論文では、プレゼンティーズム損失を金額ではなく、失われた労働日数という形で示している。
この論文によると、うつ病の人は平均して、年に26日のプレゼンティーズム損失があるという。
これはつまり、うつ病の人の300日の労働生産性と、元気な人の274日の労働生産性は同じということだ。
もし、日給2万円だとしたら、うつ病の人一人当たりのプレゼンティーズム損失は、年間52万円ということになる。
4-2.アメリカの研究
ここでは、2006年に発表された「Prevalence and Effects of Mood Disorders on Work Performance in a Nationally Representative Sample of U.S. Workers」の論文をもとに話を進める。
この論文も、気分障害(うつ病、躁うつ病)になるとプレゼンティーズム損失はどれくらいになるかを分析したものだ。一人当たりのプレゼンティーズム損失は次のような結果になった。
うつ病 | 年間18.2日(2961ドル)の損失 |
躁うつ病 | 年間35.7日(5184ドル)の損失 |
ざっくりと日本円に換算すると、一人当たり、うつ病の人で32万円、躁うつ病の人で56万円くらいだろう。
ちなみに、この研究ではアメリカの労働者全体の気分障害者のプレゼンティーズム損失も計算している。結果は次の通り。
うつ病 | 年間15050万日(約245億ドル)の損失 |
躁うつ病 | 年間5180日(約76億ドル)の損失 |
ここではうつ病の方が多い。これは、単純に躁うつ病者の数よりうつ病者の数の方が圧倒的に多いからだ。
この2つを足すと、アメリカの全労働者における気分障害の人のプレゼンティーズム損失は年間約320億ドルとなる。日本円にして3.5兆円くらいだろうか。
これは、日本の全労働者における気分障害の人のプレゼンティーズム損失が年間約1.76兆円であることを考えると妥当な数字に見える。
4-3.ここまでのまとめ
長くなったので、一旦ここまでのまとめをする。
- プレゼンティーズムとは心身の不調で、本来期待されるより労働生産性が落ちてしまっている状態のことを言う。
- プレゼンティーズムを引き起こす心身の不調は色々あるが、中でもメンタル不調(精神疾患)の影響が大きい。
- さらにメンタル不調の中でも、気分障害、特に躁うつ病が一番深刻なプレゼンティーズムを引き起こす可能性が高い。
- 躁うつ病の人におけるプレゼンティーズム損失は、年間で56万円くらい。つまり、このお金がムダに支払っている給料ということになる。
ということになる。ここまでは、「プレゼンティーズムはどんな心身の不調と関係しているか?」という視点で見てきた。
ここからは「企業では一人当たりどれくらいのプレゼンティーズム損失が発生しているか?」という視点で見ていく。
5.大企業におけるプレゼンティーズム
これに関しては、前に紹介した東京大学政策ビジョン研究センターの研究をもとに話を進める。
振り返りになるが、この研究では、3つの大企業の従業員3429人において、次のような様々なデータを集めて、それらの関係性を分析している。
- 人事・属性データ
- 健診・問診データ
- レセプト
- 生産性アンケート
- ストレスチェック
その中で、大企業の従業員一人当たりのプレゼンティーズム損失も算出している。結果は次の通り。
これは、企業が従業員一人当たり対して負担している費用をまとめたグラフだ。この中でプレゼンティーズム損失が最も大きい。金額にすると、年間約56万円になる。
さっき、アメリカの研究で躁うつ病の労働者一人当たりの年間のプレゼンティーズム損失が約56万円だった。くしくも同じ数字だ。
ただ、この東京大学の研究では、3429人の労働者のデータを分析している。この中には健康な人もいれば、躁うつ病の人もいれば、単に体調が悪いだけの人もいれば・・・・、という感じで色んな人が混じっている。
そういった色んな人で発生するプレゼンティーズム損失を平均すると一人当たり56万円の損失になるということだ。
だから、この研究で、躁うつ病の人だけに絞って一人当たりの年間のプレゼンティーズム損失を算出すると、おそらく56万円よりずっと大きな数字になるはずだ。たぶん80万円とか100万円とか。
じゃあ、中小企業ではどうなのか?
6.中小企業におけるプレゼンティーズム
これに関しては、東大の古井教授たちが行った研究をもとに話を進める。ちなみに古井教授は、前に話した大企業のプレゼンティーズム研究にも携わっている。
この研究では、横浜市の中小企業6社の従業員、合計178名のデータを使っている。
この研究では、まず一人一人の健康リスクを割り出し、低リスク群、中リスク群、高リスク群に分けて、群ごとに年間に発生する一人当たりのプレゼンティーズム損失を算出している。
もちろん高リスク群は、健康リスクが高い、つまり将来病気になる確率が高い人たちということだ。結果は次のようになった。
- 低リスク群:56.4万円
- 中リスク群:66.8万円
- 高リスク群:159.4万円
何と、一番健康リスクが低い人たちでも、年間一人当たり56.4万円のプレゼンティーズム損失が発生しているという結果になった。高リスク群になると年間一人当たり約160万円だ。考えるだけでも恐ろしい・・・。
7.プレゼンティーズムまとめ
プレゼンティーズムとは、仕事には来ているが、給料分働けていない状態のことを言う。
給料分働けていない理由は様々だが、たいてい何かしら心身の不調が原因になっていることが多い。
中でも、体よりもメンタルの不調の方がプレゼンティーズムと関係が深い。
さらにメンタル不調の中でも、うつ病や躁うつ病といった気分障害の人で一番大きなプレゼンティーズム損失が発生する。
その額は、一人当たりどんなに少なく見積もっても年間で56万円以上。従業員一人につき毎年これだけのお金がドブに捨てられている。